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わたしの物語

幼いころから母の手作り服を着ていた日常を過ごし、小学校に入学すると、私も見様見真似で手芸を始めました。

手先が器用だったこともあり、みるみるうちに上達。

小学4年の夏休み自由研究で作った手提げバッグは今でも手元に残っており、あの頃に感じていた純粋な楽しさは、ときどき心によみがえります。

作る楽しさと、出来上がった瞬間の達成感を味わい、この頃から「手芸が趣味」と言うようになりました。

大人になるにつれて刺繍やビーズアクセサリー・服のリメイクなどハンドメイドの幅が広がっていくと、自分のものだけでなく、誰かに贈る喜びも知ったのです。

 

社会人になって10年が経った頃でした。

病気が発覚し、長い療養生活を送ることになりました。

そんな中でふと目にしたインターネットの広告。

「スイーツデコ製作講座を始めてみませんか?」

かわいらしいお菓子が永遠に無くなることなく手元に残るという驚きと共に、かわいい!美味しそう!作ってみたい!という強い思いは、すぐさま受講を決意。

このことは、つらい療養生活に一筋の明るい光をもたらしたのです。

夢中になって粘土をこねる毎日は、とても楽しいものでした。

スイーツデコ作りに慣れてくると、作品を売ってみたいという新しい夢もできました。

その夢がかなったのは1年後。

念願の委託販売と、ハンドメイドイベント出店が決定し、粘土作家としてデビューを果たしたのです。

しかし、作家活動を始めて3年が経つ頃になると、周りのスイーツデコ・フェイクスイーツ作家さんの中に埋もれていってしまいました。

イベントに出店しても、お客様は見に来てくださるがまったく売れない。

他の作家さんの作品はどんどん売れていくのに、私の作品は選ばれない。

そんな思いを抱きながら試行錯誤したものの、さほど差別化もできずに売り上げも伸び悩むようになりました。

そして、間違った方向に努力をし続けてしまいました。

スキルが足りないのかもしれないと、一生懸命に学びに行くまではよかったのですが、いろんなことに手を広げすぎて、お客様のニーズからかけ離れてしまったり。

もっと安くすれば売れるんじゃないかと、どんどん価格を下げていき、自分の価値まで下げていってしまいました。

でも凹んでばかりもいられません。

考えました。頭をひねりまくって考えました。

その時ふと閃いたのが、ブランドコンセプトを新たなもの、和菓子を専門とするスイーツデコブランドに進化させる!というものでした。

元々、和菓子を食べることも愛でることも好きだったので、浮かび上がるアイデアは湯水のごとく。折しも、東京オリンピックの開催が決まり、海外のお客様にも販売できるのでは、という思いも巡らせました。

そしてこの決意が作家人生の大きな転機となり、多くのお客様の笑顔に繋がるものになったのです。

日本の和菓子は世界に通じる素敵な文化です。

海外からも注目される和の文化は、日本のみならず世界中のお客さまにも喜ばれています。

ご自身へのご褒美として。

​大切な人への贈り物として。

 

桃色ソーダは、これからもたくさんの方から笑顔をいただくことを目標とし、「まるで本物の和菓子のような、かわいくて美味しそうなアクセサリー」を提案し続けていきます。

埼玉県出身。

元日生まれのB型。

  • スイーツデコアーティスト(日本デコアーティスト協会)

  • フェイクスイーツアクセサリーアドバイザー(氣仙えりか認定)

  • ​1級フラワーデザイナー(日本フラワーデザイナー協会)

  • 和菓子ソムリエ

  • 三級知的財産管理技能士

ハンドメイドイベントでスカウトされ、マルイ新宿本店のポップアップショップ「スイーツデコ雑貨フェア」に出展。その後も東京と埼玉のデパート・各地のハンドメイドイベントに出店しており、2025年のJapan Expo Parisへの参加も決定している。今までの販売実績は2000点以上。

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